教師が語る教育格差-書評-新しい「教育格差」

最近ぼんやりと思っていたのだが、教育ジャーナリストを応援する風潮というものが日本にはない気がするのだ。
ITジャーナリストや政治ジャーナリストは賛否両論ではあるが多くの人に注目されているかたわらで、ひっそりと活躍を続ける教育ジャーナリストたち。著者もその一人である。

新しい「教育格差」 (講談社現代新書)
増田 ユリヤ
講談社
売り上げランキング: 19052
おすすめ度の平均: 5.0
5 問題の所在と解決の方向を明確化
5 できるだけ客観的な現状認識から教育現場をみつめている姿勢を評価します
5 日本の教育の優先順位のおかしさを指摘


「教育ジャーナリスト」という人自体は大学の教師であったり、それだけを生業にしながらNPOや企業として活動を行っている者が多く、まったくデータお構いなしで精神論を語る人や適応できない児童生徒がいるからと学校不要論を唱える人から、元教員の現場至上主義の人や江戸時代からの文献をあさって歴史から丁寧に教育の実情を述べる人まで、質は様々でありいまだ淘汰されていない。
 そんな中著者はなんと現役で非常勤講師をしながら教育ジャーナリストとして活躍しているという経歴の持ち主だ。
 本書の内容については前半は非常に説得力が高く同意に至るものだったが、後半は首をかしげるようなところも多かった。しかし教育については専門書より俯瞰的に読める簡単な本を勧めた方が有意義だと思っている。
 以下要約とその辺の違和感についてまとめていく
 

第一章 中高一貫校が生み出す公立校格差

 ノッケから本質をつく指摘を行っているのが本書の一番の価値。この章だけでも本書を手にとって読むに値する。世論調査で出た「日本の教育は質が高いが不満である」というパラドクスが教育問題の根本であり、その原因は様々な格差にあるだろうとするのが本書の問題設定。
 1章では都立高や私立などの中高一貫校のメリットデメリットを述べ、PISA型学力を理解している学校についてや、教育に競争原理はそぐわないことを述べている。例えば学校選択制が、通学や近隣との友人関係を作る自由を狭めたり、学校の地理的条件から学校間格差が増強されたりと、不都合ばかりが目立ってきており、地理的物理的環境の差が埋まらない限り、教員が努力を続けてもそこに学校間格差が開くだけである。
 著者は格差が広がると同質のものばかりが集団化し、異質のものを認められなくなるから共感力がへって貧困問題とか放置する風潮ができるよね。という。僕は著者の社会を語る力は素晴らしいと思う一方で、人の心理を語る部分はすこし違和感があるのだが、その辺も踏まえてどんどん紹介していこう。
 

第二章 学問間・生徒間の格差

 この章を強引にまとめるなら「お前ら学力学力って、例えば全国学力テストの意味わかってんの?」という問いかけから始まり、「早寝早起き朝ご飯」ですべて解決するなら大阪さっさとやっちゃえよ、経済的格差が亡くならない限りなんも効果ないんじゃないですか?地方と都市部の格差もばかにならないですよ。それから学力上げて進学率あげるのいいんですけど、知識労働のパイもそんなに多くないし、最低限の労働人口確保できてないじゃないか、教育政策充実させて大学院でても就職口がなけりゃそりゃ高学歴ワーキングプア増えるわな」といった話をやんわり優しい口調で伝えているのである。一般的に語られる経済と教育の問題と全く一緒ではあるのだが、その事例や解釈の紹介が面白い。
 ハーバード大学のメアリー教授の研究を持ち出し、今までは学校と職場の空気が似てたからよかったけど、成果主義だのなんだのが入ってきて職場がとても息苦しくなってしまったことと、経済的な理由での高校中退者をどう救うかという提言を紹介する。アルバイトですら高卒資格がもとめられる現代は、この経済的貧困からの脱出が非常に笑えない状態になっている。
 それから著者の得意分野であるフィンランドの教育についても語るのだが非常にここが面白い。フィンランドでも「これから知的産業大事だから進学率あげようぜ!」という風潮があったのだが、政府はあえて専門学校を増やす政策をとったそうだ。また、専門学校のサービスの充実や、地域とコミュニケーションのとれる場の提供、例えば家具を作る専門学校生が作った家具を買えるイベントを作ったり、美容専門学校の生徒に安く散髪しても羅得る機会を得ることで教育とサービスの需要と供給を満たす試みが沢山あるという。職業学校の社会的地位は決して低くなく、また単位互換の制度も充実しているため進路の変更もフレキシブルで、ここがフィンランドの教育の一番の強みであるという。

 著者は高校段階での専門教育をもっと充実させるべきであると主張する。この主張には大きく同意する。ドラッカーはこれから製造業の需要は増えるが社会的地位は下がると予言した。現にその現象が起きており、工業高校や高専の一般的イメージは偏差値の低い人たちが行くところ、である。が一方で工学の世界では工業・高専出身者の多くが活躍している現状があり、日本の世界に誇れる製造業を陰で支えている。同時に義務教育段階でその入り口を見せるための中学校技術科の授業時間は現在週1〜2時間と中学校でも一番時間数の少ない少ない教科として追いやられている。日本の生産システムの発展の歴史なんかをたどらないと語れない事もあるのでアンビバレンツであり賛否両論だが、現在教育とその出口について、傾いたバランスを戻す政策がなされていないということは確かだ。

第三章 教員間の格差

 この章は本書の目玉となるかもしれない。あまり語られない教員の不遇の事例をいくつか紹介している。あまり知られていないが、学校の先生にも教員(専任)と講師がおり、講師も常勤と非常勤と別れている。元教員で子育てや介護をしながら教育の仕事をしたい人、副業をしながら教員の仕事をしたい人などのためのフレキシブルな制度だったが、それが現在完全な教員のランク付けの仕組みとして働いており、教員の経済的格差につながっている。現在日本の学校での講師の割合は一説では14%と言われており、しかしあまり統計に取り上げられることはない。教員の質も非常勤だからと劣っているということはなく、同等もしくはそれ以上の生産をすることもある。しかし現場では「非常勤は教員の修業時代だから」という空気が蔓延しており、情熱とやる気がある教師たちが経済的な不足を理由に、アルバイトをしなければならない状態で教材研究も同時に強いられるような、様々な制約を余儀なくされている。
 本書に上がっているだけでも急な雇い止め、専任雇用を約束されたのに採用されないという詐欺まがいの雇用、専任教員たちの非常勤であることは力不足の証拠であるという非寛容な態度、女性差別など、平等と平和を教え、偏りを是正する力を身につけさせる教育現場は意外と偏りだらけである。これは実感として意外と多い。教育にコミットしたくても時間講師だと割が合わない、放課後に質問を受け付けたいが、塾講師など他の仕事があるため対応できず、子供との関係も作れないという現状は多々ある。
 
 さらにこの章はもう一つ大きな問題提起をする。教育社会学者の潮木氏の研究によると、2008年から5年間、全国ですべての教員養成大学の学生を雇っても教員の数が足りなくなるという。特に関東では今年も異例の教員の二次募集が行われ、講師すら足りていない状態が来ているという。その状態で教員養成6年制をやろうとか言いだしてしまうのもどうなのだろうと思ってしまう訳だが、さらに大変なのは能力のあるなしは別として、教育熱心な教師ほど鬱状態になり、笑えないほど休職・退職者が増えている。仕事をする教師が足りず、一方で教育熱心でない「仕事としての先生」だけが残っていく。現場は忙しくなる一方で士気はどんどん下がっていき、一方で教師になりにくい、教師になってもインセンティブの得にくい環境が出来上がっている、まさに袋小路である。

第四章 校内暴力とモラルの格差

 この章は非常に微妙で、校内暴力件数増えてます、学校が対応してくれないこんな事例がありました、ひどいよね。で終わっていく。事例の中でお互いの立場を考えられない教員と保護者が登場するのだが、それをモラルがないで済ませてはどうしようもないのではないかと思うのだ。性格が歪んでいるように捉えられるのであれば、そこにはそれなりの理由があり、それはその人の人生経験からか、その人との関係からかのどちらかに由来するはずである(例外はある)。そこをもっと追究してほしかった、非常にワイドショー向きな話題。
 読者層が保護者なのでそれも仕方ないかなと思う。

第五章 携帯いじめと「共感力」の格差

 ところで共感力とはなんだろうか。今の若い世代は僕が見る限り共感の世代である。問題が起きるほどネットを使うのもゲームにはまるのもすべて共感したいがため、一種の共感依存であすらある。
 この章は技術が暴走してる現代ってひどいよね山村留学最高!的な様相を見せるのであまり書評する気はないが、なんか若者は技術のせいで孤立しただのネットいじめにおびえる子どもたちが可愛そうだのという話が並ぶ。

 しかし指摘するのであれば生活していく上で技術の重要性が日に日に増えているのにその重要な技術をどう活用するかという授業が少ない事、それからそれを教えられる教員が少ないことをまずせめるべきだ。
 現在の中学校技術科はモノづくりだけでなくメディア技術との付き合い方や情報の科学的理解なども内容に含まれている。一方で一説では65%の技術教師が臨時免許や副免許で専門的に技術を学んで教員になる人間が圧倒的に不足している。従来は技術に関する教育はある程度大学で行われ、さらに優れた生産教育が企業で行われていたためこれでも事足りたのだが、一部の大学(というより研究者たち)と企業はこれを放棄し始め、若者をバッシングするようになりはじめた。この崩壊こそが現代の技術を囲む問題の原因である。技術の実践は国内外をはじめ物事の科学的理解の推進だけでなく、複次的な効果を多々生み出してきた。本書で紹介されている協働型の実践はベースとして定着しつつあるし、成功体験や省察する態度など、この記事では紹介しきれない。
 山村留学を進める位なら技術に関する教育やイベント型教育を(振り返りや省察の時間を十分に確保すること前提で)もっと推進すべきなのだ。

第六章 男女の格差

 教育問題からいきなり男女における格差問題に富んだため笑ってしまったのだが、読み進めてみると意外と笑えない内容であった。今や進学率も就職率も女性の方が男性より高い一方で、賃金や待遇の面ではまだ女性の方が劣っていること、母子家庭が増えており、日本の貧困率も笑えない状態であることや男女のお互いのよさを認め合った雇用と待遇をもっと進めるべきことと、もっともな話である。
 日本は男女格差指数においてもまだ75位である。
 経済、株価、ビジネス、政治のニュース:日経電子版
 

感想

終章は学力テストとは何か、その経緯と意義と内容を簡潔に語っているので一読されたい。
現代的問題を踏まえた教育問題の入門書としては非常に簡潔で良著。僕の記事の方が言葉多めで申し訳ないくらいである。
専門的俯瞰的に眺めるつもりがない人でもこの一冊であれば十分負担にならず読める一冊。ぜひ手に取ってほしい

関連エントリー

教育
教育機関の監査組織の必要性 - 技術教師ブログ
裁判はいらない子に僕が伝えたかったこと-技術、しくみ、アンビバレンツ - 技術教師ブログ
教師の思想 - 技術教師ブログ
理系社会化とその弊害 - 技術教師ブログ
いじめ、でもしか、2世の教師論 - 技術教師ブログ
はてなの学力格差問題への関心が薄くて絶望した!! - 技術教師ブログ
書評

サブカルコンテンツとしての教師-書評-中学教師裏物語 - 技術教師ブログ
階層社会と幸福のジレンマ-書評-日本の難点 - 技術教師ブログ
二十歳までに出会っておけばよかった10冊 - 技術教師ブログ

日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
広田 照幸
講談社
売り上げランキング: 87143
おすすめ度の平均: 4.5
4 昨今のしつけ
4 教育責任の主体は、「教育者」だけではなく「子供の周りの人全て」という観点のコミュニティ論。
5 メディアの無責任さがよくわかる
5 親バッシングにNO!
5 目から鱗のしつけへの意識の変遷
教育 (思考のフロンティア)
広田 照幸
岩波書店
売り上げランキング: 39491
おすすめ度の平均: 4.5
5 明日の教育を考えるために
4 教育とは?
4 対案は出せているが、疑問もある
4 新時代教育のあり方とは?
5 新自由主義への対抗軸の希求

図解 超高速勉強法―「速さ」は「努力」にまさる!教育学 (ヒューマニティーズ)格差・秩序不安と教育教師という仕事 (リーディングス 日本の教育と社会 第15巻)教育には何ができないか―教育神話の解体と再生の試み教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)格差社会と教育改革 (岩波ブックレット)学校って何だろう―教育の社会学入門 (ちくま文庫)学力と階層 教育の綻びをどう修正するか教えることの復権 (ちくま新書)