悩んだ時はロールモデルを見直す-書評-人間関係力

副題は「困った時の33のヒント」
オビの

「辞めてやる!」と思う疲れた心によく効きます

と言う言葉がまた大空振り。なぜなら本書はだれでも手軽に楽しめるローカル遊園地のような一冊。総評として、自己啓発書はこうあるべきなのかもしれない。久々に自己啓発らしい自己啓発を読んだ。

人間関係力‾困った時の33のヒント‾ (小学館101新書)
齋藤 孝
小学館
売り上げランキング: 8066
おすすめ度の平均: 5.0
4 偉人・有名人たちの長所に光を当てた本
5 心に愛を! 脳には知的好奇心を!
5 仕事で悩んでる方も歴史好きの方にも
5 ★★★久々の良書★★★
5 「辞めてやる!」の前に


本書はロールモデル勉強法でおなじみ教育学者齋藤孝氏による"超"スタンダードな自己啓発書。スタンダードなと言うのは、本書が誰にでもわかる形で「考え方をポジティブに変えましょう」というメッセージだけを実装していることに由来する。ロールモデル勉強法とは言わずもがな自分の見本となる人(ロールモデル)を見つけてその人のやったことを模倣してみよう!と言うライフハック(笑)である。

本書の内容もそんな内容。偉人達の育ってきたバックボーンを絡めながら、何気ない一言をさも重みのある言葉のように紹介していく。それが人間関係の問題を解決できるヒントになるよと大空振りもいくつかあるものの、面白いのはその言葉達より偉人達のバックボーンと、何気ない出来事に対する著者の解説やコメントが正しすぎることだ。
軽く検索して散見してみたがろくな書評がないので気合いを入れて書き記しておく。

読みやすさと後読感と何も変わらなさ

 本書は読みやすい。1エピソード当たり6〜7ページ程度、どんなに忙しい中でも5分あればエピソードひとつ読み進められる。歴史書特有の臭さもない。どんな著名人も現代ではダメ人間だと斉藤流にバッサリ切ってしまうあたりに本書の面白さがある。孔子は現代でいえばニートだとか、民族学宮本常一がフィールドワーク中に庄屋の奥方とねんごろになったとか、いちいち下世話な解説と、「それでもすごい!」と言わせる文章力と眼力を持っている。
 本書中の人物の並びにしてもベタな宮本武蔵の兵法から入り最後は釈迦の人間観で終わる。あとがきに、人間関係に悩む、結果定職がなくなる、そんな時期が僕にもありました、的な記述を残して天才人の子と匂わせる記述で終わらせる。もうこの域に来るとカウンセリングなのだ。

 一方でお気づきだと思うが、自己啓発書のセオリーに外れず、本書も読み終えた後、認識の変化はあれど何も現状は変わらない。この後の行動次第でなんとでもなるのだが、そこに踏み出す一歩は結局のところ一歩を踏み出せる環境か、具体的には職場の半径5メートルの人たちがその一歩を寛容してくれるかと言うところに行きつく。

 自己啓発における問題解決は基本的に頭でっかちだ。基本的な問題解決のフェーズは

  問題発見―(分析)→問題認識―(技術)→具体的問題解決―(評価)→フィードバック

となるのだが、一般的な自己啓発書はこの問題の分析・問題認識にしか働きかけない。目の前にコップ半分の水があるの見た時をコップ半分も水があると思いましょう。と言うだけで収束する。本書も結局はその類に属する。が、一方で自己肯定観とか教育的視点で見た時本書の本当の価値が見えてくる。
 すごい(≠えらい)人たちはこういう風に考えていた。その思考のプロセスを学ぶことは確実に勉強になるし、たまに出てくる「すごい人たちも自分と同じような悩みや考え方を持っていた」という事実が自己肯定観を増やす。33のエピソードがその確率を増やしてくれる。
 しかも細部に見られるこの人たぶんこの一文を書くために結構な文献を読んだんだな、と思わせる(もしくは実際に調べている)表記がその自己肯定観の裏付けとなる。
 では具体的にどのようなエピソードなのか

一休さんの視点切り替え力

 本書で印象に残ったエピソードがいくつかあるのだが、そのひとつ、もっとも下世話な一休宗純の話を紹介しよう。と言っても5ページ半程度のエピソードなのだが、要約する。一休さんでおなじみの一休宗純
偉いお寺の坊さん。

 私は、「存在感は噂話の回数に比例する」と考えている。(中略)とんち咄の代表に祭り上げられた人物がいる。そう、一休宗純である。
 室町時代を生きた、この破天荒な禅僧こそ、日本有数の存在感を持っている

と独自の論を展開しながら一休和尚を紹介する。「いや、逆だろ、存在感があるから噂になるんだろ」とか「そりゃ噂話の回数を存在感っていうんだって定義じゃないの?」とか思わず突っ込みそうになったが、そこはカレーにスルーして、この破天荒話、文部省推薦アニメになるような人物とは思えない。

彼は常識とは無縁の男で、狂雲集という漢詩集でのタイトルは「美女の婬水を吸う」「妻の聖水を口にして」「美人の陰、水仙花の香有」とまぁ下ネタづくし。日本でも寺格の高い寺の住職を務めた男が禁じられている行為をひたすら暴露しているという。酒、女、肉、常識に楯ついた。

正月には頭がい骨を竹竿に刺して目が出ていた穴を残してるからこれ以上めでたいものはないと街を徘徊し、正月だからってだけで浮かれる奴ってなんなの?と世間に暗に訴えかける。

生まれては死ぬるなりけりおしなべて しゃかもだるまも猫も杓子も

とみんな結局死ぬんだと元も子もない歌を歌う。しかしこれを著者は当時みんなが宗教しようぜ!みたいな空気になっていたことに皮肉と風刺をこめたのだと解釈する。今でいう「ライフハック教キモい」の視点を率先して訴えかけていたのだ。
 そんな視点切り替え力を見習えよと著者は言う。

 だがこのエピソードの結びにおいて、もし上司が一休だったらどうするだろう、核心をついた一言を投げかけて硬直化した思考をかき回して職場を活性化させるんじゃないか。と、一読しただけではなんでこんな結論にたどり着いた?と思えるようなアドバイスをする。

冴えない第三章

 その冴えないアドバイスが一番顕著なのが佳境である第3章である。「他人に頼らない人間関係力」と題した章だてなのだがこれが笑えるほどにひどい。
 例えば孔子、実は士官として働いていたのは一年だけの「永遠の就職浪人」だった。結構堅実で世俗的だったと認識を変えてくれる。実は不倫で生まれた子で母子家庭で基本的に不運だったが、「天は見放していないから頑張れる」と言って頑張っていたのだとか。

だから「他人が自分を知ってくれぬことを気にかけずに、自分が能力がないことを気にかけろ」と訴えていたのだという。

それらを踏まえて著者は

私の場合なら「犬」だ。
(中略)
妻とけんかした時も、仕事がうまくいかなかったときも、犬に語りかける。「お前なら分かってくれるよな」といった具合に。
(中略)
あまりにも小さい天だが、「自分を見てくれている存在」を作ると、不思議なことに、逆境に強くなるのである

とこんだけすごいエピソードを読ませておいてこれ!?と思わせるアドバイス。これ読んで「そうか!!犬を飼おう!」と思う人のことを考えると少し微笑ましくなる。

ほかにもリア充小説家 坂口安吾の魅力は基本的に他人に頼らないという意味で孤独だったことだ、と無理やりな解釈で坂口安吾の文章を紹介したり、種田山頭火が酒や女にだらしないのを見て、「真似して追体験は危険だけど、だめっぷりを知るとなんか気が楽になるよ(超意訳)」と言ってみたり、わざとか?と思わせる位的外れでベタなことを書いている。

でも最後の釈迦のエピソードは別格に秀逸。仏教が宗教らしくなくヒエラルキーがないこと、当時の身分が低い人にお呼ばれして怪しいキノコ汁が出てきて"これやばいなと悟ってわざと"弟子に食わせず自分で食って死んじゃった話から、寛容さについての話まで、この部分だけ立ち読みしてほしい位の内容。

基本的に自己啓発書独特の毒がないのが本書のいいところ。むしろ毒抜きができる。サブカル方面で同様の書を出しているのであわせて読んでみるのもいいかも。大学生は害のない今のうちに読んでおいて損はない。あなたがもっと大人であれば、また違った読み方もできるだろう。

目次

404 Blog Not Found:とびっきり優秀な人に共通しているのは - 書評 - 人間関係力より引用

まえがき

  • 第一章 ビジネスに効く人間関係力

仕事関係に振り回されてばかりだ - 回答者/宮本武蔵
仕事で悩んでいる部下になんと声をかければいいか - 回答者/エジソン
最近仕事の愚痴が多く、つまらない - 回答者/高橋是清
会社でもっと重要なポジションに就きたい - 回答者/チャップリン
出来の悪い新入社員とは口も利きたくない - 回答者/夏目漱石
出来る年下の部下とどう接すればいいのか - 回答者/劉備玄徳
若手の社員を一人前に育てたい - 回答者/黒澤明
部下の士気が一向に上がらない - 回答者/アレキサンダー大王
心の狭いイヤな上司に当たってしまった - 回答者/三遊亭円朝
もっとリーダーシップを発揮したい - ジョン・F・ケネディ
無責任な上司、無能な部下の板挟みだ - 回答者/孫子
部下からいいアイデアが上がってこない - 回答者/松尾芭蕉
どうすれば部下の信頼が得られるか - 回答者/ナポレオン

  • 第二章 プライベートを円滑にする人間関係力

出会いが少なく、仲間もいない - 回答者/寺山修司
なぜあの人は不機嫌なんだろう - 回答者/モーツァルト
「人の話を聞かない」といわれる - 回答者/宮本常一
人生に刺激を与えてくれる友人を得体 - 回答者/杜甫
キレやすい自分を持て余している - 回答者/新渡戸稲造
誰も本当の自分を見てくれていない - 回答者/マーク・トウェイン
子どもをどう教育すればいいか - 回答者/勝小吉
あんな女とは結婚しなければよかった - 回答者/サルバドール・ダリ
夫婦間の危機にうろたえている - 回答者/与謝野晶子
世間の評判が気になって仕方がない - 回答者/マキャベリ

  • 第三章 他人に頼らない人間関係力

女性にモテるにはどうしたらいいか - 回答者/坂口安吾
逆境に経ち、途方に暮れている - 回答者/孔子
仕事関係者とプライベートまでつきあいたくない - 回答者/渥美清
すべてがうまく行かず何もかもイヤになった - 回答者/種田山頭火
他人から尊敬されたい - 回答者/モハメド・アリ
人から「存在感が薄い」とよく言われる - 回答者/一休宗純
マンネリ感を脱したい - 回答者/ヒッチコック
他人の中で自分を見失ってしまった - 回答者/道元
友情と保身、どっちを取るべきか - 回答者/司馬遷
人間関係にほとほと疲れ果てた - 回答者/釈迦
あとがき

バカボンのパパはなぜ天才なのか?
斎藤 孝
小学館
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おすすめ度の平均: 3.0
5 まんがはおもしろいと再認識!
1 知恵は体験、肌の感覚で得るもの




齋藤孝のDSで読む三色ボールペン名作塾
セガ (2007-07-19)
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おすすめ度の平均: 4.5
4 読解と国語知識の練習
5 本のほうが解らなかった方にお勧め