本投稿は2020年の書きかけの記事を再編集したものだ。しばらく精神面の問題で投稿ができなかった。冒頭の表現が少し古いのはそのためだ。なんとなくコロナ明けのあの頃を想定して読んでほしい。
クソリプとマザコン
2020年頃、イベントができるシェアハウスというコミュニティを運営していた立場上、長い間コミュニケーションについて研究を進めていて、その一つの到達点が「マザコン論法」と呼ばれるコミュニケーションパターンの発見だ。
ネット上ではいわゆるクソリプやFBのマウンティングコメント、自粛警察をはじめとした〇〇警察などの「徳の騎士」と呼ばれる俺達流正義を主張することで、浸透すれば生活コストがガッツリ跳ね上がるような生活様式を求めてくるコメント達。何が彼ら彼女らを駆動させるのかをエスノグラフィー的に観察してきた。
ポイントを一言で言うと文字通りシンボル的な意味での「マザコン」である。
彼らのコメントは、どう反応して良いかわからないと言う人が多数いるからこそクソリプ、クソバイスと烙印を押され呼ばれてきた。最近ではツイフェミの流行から男性側のそれはマンスプ(マンスプレイニング)と言う言葉すら浸透してきた。
ときには「お前がそういうなら正しいんだろ、お前の中ではな」と揶揄され、「それってなんか根拠あるんスカ?「それってあなたの主観ですよね?」で一蹴できてしまう主張も未だに多く見られる。しかしその精神性を批判するというよりどういうプロトコルで彼らが発信を続けているか、
マザコン論法のプロトコル
クソリプやレスバの中で特定の「そうだね」「大変だったね」「気づいて偉いね」くらいしか返しようのないコメントのことをマザコン論法と呼んでいる。
具体的には
「僕も過去にやったことあります」⋯(武勇伝だけでそこからの知見や共感なし)
「マナーも守れないのかよ」⋯(なにか挑戦した人を嘲笑する。また、自分の口の悪さはマナーで許されると思っている)
「~~は恐ろしい、絶対近づかない」⋯(俺は選択しない、など適当な偏見をぶちまけたあと謎の宣言をする)
といったものを始め返答に困るものばかり。配信文化が浸透した今ではLIVE配信のコメント欄にも多々現れる。
思想の偏りや統失などがある場合はまだそこから主張がうかがえるが、一定数何を主張したいかわからない自分のスタンスを示すだけのコメントが目立つ。テレビに向かって愚痴っている感覚、とまとめてしまえばそのとおりなのだが、まずこれらに対する返答の最適解はいわゆる合コンのサシスセソとなる。
「さすが」「知らなかった」「すごい」「センスあるね」「そうなんだ」
一度配信者の友人がコラボをするときに「この人の一人語りどう対応すればいいですか?」と聞かれ、サシスセソを指示したら効果てきめん、相手の語りが加速し、ゲームの実況と自分語りが交互に出てくる面白い展開になった。
こうした「この話、お前の親以外誰が興味あるん?」という発言をマザコン論法と呼んでいる。なんとなく察しのいい人は気づいていると思うが、前述のサシスセソはキャバ嬢などが男性客に使う技としても秀逸かつ定番で、客は自分語りをして気持ちよくなって帰っていく。しかし実際には親が子供の報告に使う返し言葉だ。
AEONで買った服からの脱却
一言でマザコン論法のユーザー層をこどおじ(実家の子供部屋に住み続け働かないおじさん)とまとめてしまうと見えてこない部分もあり、この論法は経済的、最終学校歴、社会的地位に高い層でも見受けられる。職場での「なんだよこれ」「あーもうやだ」といった「どうしたの?」待ちの独り言や」俺ブサイクだからなー」などの「そんなことないよ」待ちの発言もこのマザコン論法に含まれる。
彼らの共通点に客観性を得るための訓練となるライフイベントが少なかったことが挙げられる。学生時代から真面目な性格の人間も多く、真面目というのは決められたワクからはみ出ない生き方のことだ。
はみ出たコミュニケーションを上手く回すためには自己がどう見られていて、自分が今のプレゼンスで発言するとどう受け取られるかを考える必要がある。また他者にこう感じてほしいからこういう発言をする、といった訓練も必要だ。
今の日本で真面目でいようとすると、どうしてもその訓練を避けるトラックを走ることになる。ルールを変えるにはいろんな折衝が必要になるが、与えられたルールを守って生きる分にはそこまで大きな摩擦は生まれない。結果これは僕がここ10数年行っている反抗期のない若者の研究と結びつく。
彼らは自己の客観視を無意識に避け、親から与えられたルールとAEONで買ったもらった服を何十年と纏い続け、自分が得意なフィールド以外での点数を上げようとせず、普段はマザコン論法を繰り返し、責められたときは保身から他責思考な発言を繰り返す。与えられたものだから自分は選択していない、責任は伴わない、と。
マザコン論法はスティグマを嫌う。
割合はわからないが、彼らの中で当然高機能自閉(ASD)症傾向の人たちは目立ち、ASDは身体のセンサーがマジョリティと違うため何が善で何が悪かわからない。というか愛着を持つポイントが人と違うため考えても結論が世間一般と重ならない事が多い。
そのため子供の頃に親から教えられた善悪を思春期に熟考して取捨選択せずそのまま内面化して生きている。
また彼らは体裁が悪い言葉が嫌いだ。「サイコパスみたいですね」、「クレイジーだね」といった単体ではネガティブな言葉を褒めの文脈で使っても、彼らはそれらを拒否する。基本はサシスセソで褒めてあげねばならない。
状況の説明に対しても、大人になった彼らの恋愛の報告を聞いて「飲み屋で意気投合したんだ」は良くても「酒の勢いでナンパしたの?」というと怒る。彼らだけではないが、世間的な負の印象(スティグマ)のついた言葉は、親から見て不名誉でワクからはみ出ている言葉なため彼らは喜ばない。
そんな感じなので、彼らはネット上だけでなく日常会話でもマザコン論法を使うし、自分の得意なフィールド、共通の趣味を共有できるコミケなどの場で、マザコン論法を進化させたオタク論法というプロセスが生まれたのではないかと最近考えるようになった。
恋愛や人間関係に関しても、基本的に保守的で、マザコン論法に対応できる人材である必要があるため、「理想の嫁はセックスできるお母さんですね」と聞くとハッとした顔で大方賛同してもらえる。
大事なところなので補足しておくが、彼らは母親は好きだが、別に親とは生活も別だし精神的にも独立している事が多い。昭和~平成初期のドラマのように母親の言いなりになったり過剰に依存しているわけではないのだ。
個人的にはマザコン論法を使う人達に、「出た、マザコン論法。どしたの褒めてほしい気分なの?」といった優しい対応を多くの人が認知して優しい社会ができてくれたらなと思うが、友人でもない利益も発生しないマザコン論法は、彼らの親以外に特に社会的利益がないのが現状である。























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