「絆」はあなたになにをもたらすか、あるいはなぜ転職したい人は現れるのか-書評-パーソナルネットワーク

 すらすらよめてかなり面白い。震災後に「絆」という言葉が流行し、人とのつながりはどうあるべきかという議論が盛り上がり、仲間とは何か、親友とは何かなど、誰しもが関係について悩んだことはあるはずだ。そして本書はそれが何であるかはわからないが、人と人とのつながりにはちゃんと作用副作用があることが研究の世界で数値的に実証されていることを示してくれる。ソーシャルキャピタルからSNS,マルチレベルマーケティングまで、学術と経験を交えて著者のノウハウと魂がこめられた一冊。

 本書はネットワーク研究の今とこれからをつづった初心者向けの本。(文系教科であったという意味で)社会科学でありながら数理統計なども応用せねばならず、難しい領域であるはずのネットワーク研究を初心者向けに解説している。基礎や考え方、倫理や限界や研究方法の暗黙知(の一部)、これからのネットワーク研究についての希望までしっかりと書いてある良著。多くの人間の思考や決定は個の傾向を分析するだけではわからず、周囲の人間との関係やつながり方、職場の雰囲気や流動性などさまざまなパラメータによるダイナミックなものだし、そういったネットワークをベースにした分析に本書は解像度を与えてくれる。

ネットワーク研究でなにがわかるか。

例えば本書第3章では実際にネットワーク研究を行ってわかった面白い例を5つ紹介している。そのうち2つを紹介しよう

3年でやめる若者の転職しやすさ

 若者が就職後3年以内に3割(大卒)が離職する現象がここ10数年ほど続いている。著者はネット調査を利用し22〜29歳の若者で、転職希望者と非希望者計1000人にアンケート調査をし、若者が強い紐帯を好む結束型か弱い紐帯を好む橋渡し型かどうか、上司が結束型か橋渡し型かを判別できるようにし、分類して傾向を調査した。結果は以下だ。

上司結束 上司橋渡し
本人結束 △高職場満足、人間関係悩む、転職意向低い ×低職場満足、人間関係悩む、転職意向強い
本人橋渡し ◎高職場満足、人間関係悩まず、転職意向低い ○中職場満足、人間関係悩まず、転職意向弱い

こうして実はコミットメントや結束を求めてくる上司はうっとおしいかと思いきや意外と働きやすい、という結果が出た。一方橋渡し型の(要はいろんなコミュニティを飛び回るタイプ?の)上司と結束型の若者では相性が悪く、(すべての若者が辞めたいわけではないが)転職希望率は高まる。離職する若者は個人主義で職場適応能力が高いかと思われていたが、研究の結果で見る限りは職場に帰属意識を持ちたい若者ほど転職希望率が高いことが示された。
 詳細は元のレポートを見てほしいが、研究はこれだけでは終わらず職場の雰囲気が結束型か橋渡し型かまで含めたオクタント(8つの分類)を分析する。

結婚願望とネットワーク

 「パラサイトシングル」という言葉がセンセーショナルにひろがり、親に経済的に依存し結婚しない若者が一時期話題になった。少子化問題もあわせて恥の文化が消えたから悪い、親が悪いなどとステレオタイプをぶつけてくる論者も後を絶たなかったのであるが、実際にどうかをネットワーク研究の手法を用いて分析した野沢慎司氏の研究を紹介している。
 25〜34歳の未婚男女にアンケート調査を実施、有効回答数は703。結婚意欲に対して、親との経済的、心理的関係、恋人や友人との関係がどのような影響を及ぼしているかを検討している。重回帰分析を使うのだけれどうまく説明できないので結果を鵜呑みにする前に本書を参照してほしい。
 結果5つの結論を得た。

  1. 親への経済的依存が高いほど、結婚に消極的ということはない。
  2. 友人中心のネットワークは恋人のいない女性の結婚意欲を低める
  3. 恋人を含む高い密度のネットワークは女性の結婚意欲を高める
  4. 同僚中心ネットワークは、男性の結婚意欲を低めるが、女性の結婚意欲は高める。
  5. 恋人のいない女性は、仕事に満足しているほど結婚意欲が低くなり、仕事に不満足であるほど結婚意欲が高くなる。男性はこのようなことはない。

 パラサイトシングル論で言われた親との経済的関係はあまり意味を持たず、友人関係などのほうが影響を与えやすいことが示唆された。

ネットワーク研究の限界

 本書の一番の魅力はここである、ネットワークとは存在すれば大きい小さい強い弱い一方向双方向など分析できるものの、孤立や関係なさを証明することができない、「悪魔の証明」が存在する。ソーシャルキャピタル論の誤解や、強い紐帯と弱い紐帯を巡る議論、観察しにくさから認識に依存せざるをえないことなどを、1章と数項裂いてちゃんと説明してくれている。
 ネットワークを使う上での倫理として、ネットワークビジネスなどに加担しないことや、ネットワーク分析を使って一般市民から無理やりテロリスト候補を抽出したり、インフルエンザの感染源を特定して名前を公表したりすること。また、流動性が低い土地で近隣の人をどう思っているのかなどを聞き出しその結果を研究結果などとして公表すれば、近隣関係が悪くなりかねない。ネットワーク研究自体がネットワークを変質させたり、最悪壊しかねないことを指摘している。
 ネットワークに最適化はあるか、情報を紐付けることは監視かなど刺激的な問題提起がちりばめられているところも本書の魅力である。