別に反デジタル派ではないけれど考えてみたいので10の質問に答えました

デジタル教育に対する批判はあります。デジタルのメリットとデメリットの議論、やるかやらないかの議論を続けているのは日本だけだという揶揄を海外から受けておりますが、そうは言ってもまだ残ってる。ぼくはメリット99:デメリット1と見ているので、「やる」と決断して動いています。これに対し反対派は、デメリットばかりを拡大・指摘する傾向にあり、バランスを欠いていると見受けます。まぁそれはいいんですが、じゃぁどうするか、が不足しているんです。
(中略)これからは、反対派に対し、そのリスクやコストについての説明責任を問いたいと思います。こちらから質問をしていくことにします。

デジタル教育反対派への10の質問 ~ Ichiya Nakamura / 中村伊知哉

 この質問と言うのが小町並みに意見をぶつけて来ただけというずるい質問ばかりだなと感じてデジタル化賛成派がそうだそうだとはやし立てている感じなのでナンじゃこりゃと思い採択。しかし教育の情報化に携わる先生方の地道な調査研究には頭が下がります。以下で質問に回答していこうと思うけれど喧嘩を売っている訳ではないのでご理解ください。今の教育がよかったとか昔の教育がよかったとかこれからの教育がいいとかそう言う話をするつもりはありません。その時代によって教育に帯するインセンティブの背景が違うんですから。

 まずデジタル教科書を念頭に書いてあるのでタブレットを導入すべきかどうかという話を前提に回答します。教育の情報化・デジタル化はこれから必要なステップなのでしょうが、銀の弾丸にはなり得ない。むしろ優先度の高い解決すべき問題があるのに、文科省が教育の情報化領域ばかりにお金をかけているのが不思議な位です。

1 デジタルによる学力向上の効果について、プラスの成果は日本にとどまらず全世界から報告されている。これに対し、非デジタル学習のほうが学力向上効果が高いという成果、評価を示してもらえませんか?

 報告が増えていることも報告がある程度強度のある調査であることも想像できるのですが、まず我々現場の心配は機器を壊さないかにあります。機器そのものは学びを効率化するためのものなので学力向上に寄与するのは理解で来ます。ただその研究やった中でいわゆる困難校と言われる所はどれだけあるのか。困難校の問題は貧困校とは違います、貧困であれば貧困脱出という学習のインセンティブはありますが、困難校は複雑です。デジタル化で直接出席率や授業態度の質が上がる訳ではない、間接的に効果があるとは想像できますが、成果が出るのに時間はかかるでしょうし、それ以上にネットワークを通じた新しい問題って出てくるんじゃないの?と考えてしまう、それは利用するプロバイダがどれだけ用意周到なサービスを提供してくれるか、そして用意周到であるほどお金かかりますよね。ダイレクトに「うんこ」みたいな作品がデータベースの人気上位に跋扈するような弊害への対策を想定してください。
 1人1台は理想ですが、中学校1学年200人×3学年×タブレット(リースか買い取りかわかりませんが)1万円と仮定して年間600万円かかる訳です、であれば若手教員2人配備してくれた方がいわゆる”しんどい学校”にはいいんじゃないの?という意見についてはどう考えますでしょうか?

2 一覧性に欠けるなど、デジタルは紙のよさに勝てないのではないかという指摘について、紙には紙のよさがあり、鉛筆には鉛筆のよさがある一方、世界と瞬時につながり、映像も音楽も利用・生産できるなど、デジタルにしかできない効用があると思うが、アナログはその機能をカバーできますか?

 出来ません、できるとすれば紙コップ使ったネットワークの疑似体験の実践くらいじゃないでしょうか?ただタブレットよりPCの方が生産効率はいい訳で、世界と瞬時につながり映像や音楽を利用・生産する実践を行うならほとんどの学校に整備されてる(らしい)PC室で利用すればいい気がします。辞典や電子辞書や図書館やPCでの調べ学習もまだまだ普及してない状態でデジタルのよさを活かした実践をどれだけの先生ができるかは未知数です。
 電子黒板のように学校に一つ配備されたけど職員室で埃かぶっている、みたいなことがないよう、配備と強制的な研修をセットで提供してくれない以上ポジショントークとマッチョ論のセットにしかなりません。

3 デジタルがもたらすゲーム的なわかりやすさは思考力などと無関係ではという指摘について、では勉強へのインセンティブを高める点で何が問題なのか、インセンティブを高めることに関するアナログの優位性は何なのかを教えてもらえませんか?

 提示教材を想定しています。昔から段ボールを切り抜いてそこに大きく書いた10円玉より本物の小さい10円玉を出した方が児童生徒は反応すると言われてきました(そしてそれは実感としてあります)。デジタルが提供するリアルなエンジンのCGより実物を分解する学習の方がよいことはあるでしょう。デジタルはデジタル、アナログはアナログで、ARCSそれぞれの強弱がつくでしょう。わざと極論を出したのだと思いますが全てをデジタルに置き換えるのは微妙で導入実践解説振り返りと、全ての段階でデジタル教材がエンパワメント出来たらいいよねと言う結論になりましょう。全部デジタル化は長期的な学習の効率化やコストダウンをもたらす一方でデジタルライクな世代以外には知識の定着に爆発力がなかったりする可能性はないの?と経験的には思ってしまいます。

4 デジタルを導入すると画一的な○×学習になるという指摘について、ネット授業は世界中の多様な考えの人たちと一つではない答えを教え合い学び合うことができるが、それに比べ紙のドリル学習のほうが画一的でないとする理由を教えてもらえませんか? つまり、問題はデジタルかアナログではなく、授業の内容だと思いますがいかがですか?

 比べることがおかしいです。基礎的な学習(つまり情報処理の反応速度を鍛える)のであればデジタルであろうがドリルであろうが繰り返し学習に勝るものはありません。おっしゃる通り授業の内容が大事なのは承知ですが、いまだに多くの表に出てこない情報科の教員が似たような(それこそ画一的という状態に近い)アプリケーション操作の授業を行っている現状はなぜ改善しなかったのでしょうか?

5 デジタルを導入すると読まなくなる・書かなくなるという指摘について、アナログ授業でも書かせなければかかないし、デジタル授業でも書かせれば書くし、つまり、問題はデジタルかアナログではなく、授業の内容だと思いますがいかがですか?

 その通りです。ただ問題はそのデジタル機器の採用権限が教育委員会にあると言うことなのです。デジタルがわからない世代が導入したPCを始めとした情報機器は安かろう悪かろうで、教育インフラの会社がいくら価格帯は中で性能は高の機器を開発提案しても、価格帯も性能も低いものが採択されてしまう、という愚痴は何度か聞いたことがあります。授業の内容以前に、書いてすぐ反応する、タイピングしてすぐ反応する、タップやクリックしてすぐに立ち上がる情報機器が必ず提供されると言う担保はどこにありますでしょうか?(例えば学会でこの性能以下の機器は提供しないように、といった発表はありますか?)

6 目が悪くなり姿勢が悪くなるという指摘について、その研究報告はまだないし、かつてテレビを見る赤ちゃんのほうが目がいいという研究もあったのですが、これに対し、本を暗いところで読んでいたぼくは目が悪くなりましたけど、それはデジタルかアナログではなく、授業の内容だと思いますがいかがですか?

 最近は暗いところで本を読んでいても目が悪くならないと言う指摘が報告されていたり、ここらへんは授業の内容と言うより生活習慣の問題でしょう。タブレットスマホで下を向くので欝がはびこるみたいなよくわからない指摘も新聞が取り上げたりする世の中です。授業で継続的に利用する場合デジタルになれていない教員側のドライアイなども怖いですね。教育を情報化デジタル化するのであれば、それに最適化された机の天板の角度や形状についてはまだ改良の余地があるのかもしれませんね。

7 先生方が使えないから問題だという指摘について、2歳児でもタブレットをすいすい使いますが、本当に先生が使えないと言っちゃって大丈夫ですか?韓国ではほぼ全ての先生が問題なく使ってますけど、日本の先生は能力が低いと言っちゃって大丈夫ですか?

 制度的に研修の機会が確保されていないと言うのが問題でしょう。50代の先生方でメール書くより手で書いた方が早い先生は沢山おられます。また個人的には「使える」のレベルについて、2歳児の使えるは落書きアプリで落書きできるか、位のレベルなのに対し、先生方のレベルではアプリを作れる、が想定されてしまいます。
 研修にこない先生が悪いと言うのは簡単ですが、教員の多忙はご存知の通りでしょうし、やるなら大学の教員養成の研究室単位で全ての学校に出前授業をしてあげてください。ワードの使い方で止まってる学生が沢山います。

8 コストがかかるという指摘について、確かにコストはかかりますが、日本の公教育/GDPは先進国中ほぼ最下位で、教育にもっとお金をかけていいという気がするのですが、例えば小中学生1000万人に1万円のタブレットを配ると1000億円、それは年間の道路予算10兆円の100分の1だから、365日のうち3-4日、道路工事を休んだらできちゃう規模で、工事4日休んで全ての子どもにタブレットを!程度の話なんですけど、そのコストは国家として投資すべきではありませんか?

 大賛成です、学級定数の削減と教員の採用数の増加、それから少子化の影響で雇用調整のために非常勤講師がこれから増えてくるのは見えているのでその待遇改善が並行して行われるなら、という条件付きではありますが。毎年文科省財務省にお金出せ!っていって通りそう!っていいながら予算カットされたと言う話を聞きます。交渉さえうまく行けば現状の教育問題の半分位は解決するんじゃないかと思うのですが、それが期待できないから教師は周りを巻き込みながら自己研鑽しなければならない、という現状があります。結果教師はなり手が減るか偏ってるという話も聞きます。なのでそれは国民ではなく国に訴えるべき内容です。ぜひロビイングしまくってください。
 

9 やる必要のあるところだけ実行すればよいという指摘について、隣の学校では使ってるのにうちは使えないのは不公平という格差問題のほうが大きくなると思うが、それにはどう答えますか?

 本当に格差が存在するのか、しかもその格差が本当に問題なのかは精査が必要です。出来る人がより出来るようになることについて一部の日本人は敏感すぎます。出来ない子がよろしくない先生と巡り会ってしまったときにそれを解消するのがデジタルだみたいなことも言われますが、学校の図書館やPC室で最低限のインフラが用意されていれば、一人一台タブレット、いらないんじゃね?というのが僕の考えです。ひとまず既存の情報化の成果であるPCのスペックをもっと改善してください。格差背景としてもアメリカの識字率に影響があるレベルでの格差は日本にはありません、そして出来る先生がデジタル化された教育をしたからって大きな差が出来る訳ではありません。(だから研究で統計的処理のひつようがあるわけですよね。)

10 教育を産業にすべきでないという指摘について、産業領域としてボリュームがないと投資が行われず技術も進まないので、それでよいなら日本はアメリカや韓国の機械や教材を導入することになりますが、そのほうがよいですか? アメリカではPCを教育のためにと消費者に勧めており、韓国ではスマートテレビタブレットを教育のためにと広告しているが、その姿勢が弱い日本が正しいのですか? 韓国はデジタル教育をODA中央アジアやアフリカに輸出し市場開拓を国家戦略として進めているのであって、教育を経済手段にする貴国はダメだと韓国に言えますか? つまりですね、教育に多くの投資が集まり、GDPのうちの多くが消費され、教員を含む関係者の収入が上がり、教育産業輸出国家になることの何が悪いのでしょうか?

 産業にはすべきですが、教師の特権的な領域はあと40年は維持すべきですし、特定の企業にばかり利益誘導するような政策は取るべきではないと思っています。海外を出してくるのはよくわかりませんが、ご存知の通り日本は10年ぶりのメディアによる教育番組ブームです。ハードではなくソフトの改善に力を入れていると言うのはスルーすべきではないでしょう。教育のハード/ソフトに限らず海外でも日本を見習え論はぽつぽつ出て来ているのでこの手の話は何とも言えません。国同士政策と成果とのミスマッチは問題なのでしょう。もっと問題なのは国内の教育現場と教育産業の需要と供給のミスマッチ。例えばNEW EDUCATION EXPOなんかは教員が使う教具の祭典なはずなのに3日間のうち教員が忙しいはずの平日に2日が裂かれている。
 具体的な話で言えば、教材提示用の教具の進化は激しいけど、教卓でタブレットを使って机とセンサーを連動させるタイプの出欠管理ソフトで授業頭の出席確認を5秒で終わらせようみたいなシステムは、定期的にチェックしてるけど全く出てこない。管理アプリ自体はないこともないが、リスト型でチェックするUIは沢山あっても、画面に教室の席順と名前や顔が表示されてそれこそ直感的にタップすればいる/いないがチェックできる、みたいなのを全く見ない。出席簿を取りにいくためにいちいち職員室に行かなければいけない特別教室の先生など確実に需要は見込めるはずなのに。

番外 要するに、デジタル教育はやめたほうがいいんですか? どうすればいいんですか? 推進する首長たちは、リスクを取り、コストを払い、説明も怠りません。一方、反対派は体を張ってでも止めるべきだと思いますが、そんな話は聞きませんよね? ごめんなさい、答えにくいかもしれないので、問いを変えます。デジタル教育をしないほうがいいとしている手本となる国があれば、教えていただけませんか? あの国ぐらい?

 ひとまずそのデジタル教育推進のための予算を使って児童養護施設生活保護世帯の学習支援事業を行っている全ての団体・施設にタブレットや電子教材の提供と定期的な研修等の支援を行ってください。そしてそこでも研究を行ってください。貧困や困難を救った教育の情報化・デジタル化というイメージでなく実績を用意してください。そうしてデジタル化を普及させる、それこそ国策です。従来の授業でも成果が出そうな子達に成果が出そうな実践をして「ほら成果あったろ?」みたいな実践は飽和しているのではと思います。先生方のさらなる活躍を期待しています。

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