もう一つの荒川アンダーザブリッジ-メディア評-ヒミズ

 早稲田松竹で二本立てで園子温監督の特集がやっていたので見て来た。5時間半連続で映画を見ると言う経験は初めてであったため、頭はくらくらしたが非常に面白かった。まじで荒川アンダーザブリッジ
 内容はこうだ。ある少年が「普通でありたい!」と叫びながらも、普通でない生活に染められて行く。父親を殺したり、母親が失踪したり、ホームレスとパーティを楽しんだりと、やりたい放題。かと思えば、自分を変えよう、社会のために自分なりの正義を行おうと、顔に泥を塗り包丁を持ち出して街中を徘徊する。徘徊するが、行動は裏目裏目にでて、かれはヒーローにも悪役にもなれず葛藤する。PG12指定で暴力表現などもあるが、中高生にお勧めするとしたら今のところ迷わずこの一本だろう。一夏の体験の代わりに。以降感想はネタバレを含むので読みたい人だけ読んでいただきたい。


お前がこの映画を賞賛するな

 本作は今一番注目の監督、園子温による古谷実原作漫画の映画化作品である。原作は読んでない。
 感想ブログをいくつか読むと、現代のリアルが反映されているとか作中のキャラにリアリティがないだとか、震災の描写が悲惨だとか蛇足だとか、微妙に的をはずした感想がいくつかあがっていた。しかしそんなもんは当たり前で、この映画は根本的にファンタジーを描こうとしている。石巻の震災の映像による世界の終末感も、警察が全く出てこない流れも、白々しい学校の先生も、空は晴れてるのにクロサワ映画かとおもうような豪雨が降っているのも、全てそのための演出である。青春もののボーイミーツガール映画らしく、主人公を愛しぎた中学生女子が現れ、河原の石を拾っては主人公へ「これは呪いの石だ!たまったら投げつけてやる!」と叫ぶ。そして石が拾われる度、どんどんひどい<事件>が主人公を襲う。

 この三浦大地*1似の主人公は中学生は、同じクラスのグラマーで宮崎あおい似のJCにストーカーされるほど愛されてるし、その先生に反抗しながらも一目置かれているし、ホームレスに優しいし毎日マラソンしてるし、意外とリア充である。この映画、ホントに少年漫画らしい、少年があり得ない日常を乗り越え変化していく物語なのだ。そして中高生がこれを見て、親や大人社会を考え、生活や生きることの意味を考えるきっかけになること、この映画の一番の意義はそこにあるのだ。この映画が代替しているのは反抗期の触媒なのだ。大人が作品の物語それを自体を賞賛し批判しても意味がない、せいぜいキャスト達のありえない迫力の演技や映像、演出でも褒めてろ状態にしかなれない。それほどこの作品は純粋で、作り方が汚い。若者が如何にこの映画をみて主人公の気持ちや境遇をトレースし、バカみたいに思考の泥沼にはまるか。なにかをあきらめるか、なにか違う答えを導きだすしかない。そこには「決断主義には陥らない!と言う決断主義」のようなパラドクスが幾多にもちりばめられており、その心理描写をイベントと共に演技力のある若い俳優達がヴィヴィッドに描いている。

エディプスコンプレックスとアイデンティティの喪失

 基本的に園子温監督の映画のモチーフ自体は毎度新鮮味が欠けるのであるが、この監督の作品の醍醐味は、語り尽くされたモチーフ達をいかに彩り豊かに描き直すかというところにある。本作でも機能不全家族アダルトチルドレン、切れる若者やホームレスは無気力なのか、なぜ人を殺しては行けないのか、や悪とは何か普通とは何か、などのテーマが言葉は使われずに描かれる。その中でもひときわ大きな主題が親殺しの物語、エディプスコンプレックスである。元々母親を思慕し、父親を憎み殺そうとする心象を表す言葉で、4〜6歳の時期に現れると言われる。この父と母は、象徴として形を変えて、人生に何度も登場する。個人的にはエディプスコンプレックスと言う概念をもう一度見直す時期であると感じている。*2

 青年期に青年は何度目かの反抗期を迎える。その中で大人社会への違和感やルールへの犯行の態度を見せながら、頭の中では秩序の再構成、すなわち何が本当に正しいことなのかを一生懸命模索する。似たようなものにギャングエイジ(親より身近な仲間を大切にしようとする時期)、モラトリアム(アイデンティティを模索する時期)などがあるが、これらも<世界>の再構成の一部であると考えられる。
 日本ではしばしば母性も父性も子供を愛する心象や感情のことであると勘違いされるが、母性は寛容の象徴、父性は抑圧の象徴である。すなわち、自分の自由に寛容な母性を求め、自分の自由を殺す社会の秩序と戦う構造と読み替えれば、エディプスコンプレックス、もしくは親殺しを求める衝動は幼児期だけでなく青年期に於ける反抗期にも適用できる(というか新しい言葉は作るべきなんだろうけど)。
 日本には尊属殺人という制度があり、親を殺すことは重罪とされて来た。親とは、自分を生かしながらも自分に不条理な規制抑圧を強いるアンビバレントな存在だ。自分に対する寛容を欲し、秩序のための不自由を破壊したいと言う衝動は昔から青年期特有のものとして語られて来たし、少年は自分を縛る象徴=父親を殺し、自由を手に入れるという通過儀礼を欲した。一般的には家出などの通過儀礼による親離れとして発露されるし、ある時代にはそれは学生運動として発露され、ある時代には左翼運動として語られてきた。最近ではボクのフィールドワークの範囲の中で、多くの若者がこの目に見える反抗期を経験してないと語る。一方で反抗期の代わりに社会貢献活動やボランティア活動を行っているのではないかという指摘も行った。
 90年代から過保護な親の話題が増え、実際に過保護な親の多くが子どもに強い抑圧を強いる。強い抑圧にさらされた多くの活動に走らない若者は親殺しを物語に求めた。ドラゴンボールも幽遊☆白書もワンピースも、みな不条理な抑圧を強いる悪者が出て来てはそれを何らかの方法で倒す物語である。親殺し消費はある種のイニシエーションとして一般化した。そして一般的には、自由を得ることは同時に責任を与えられることになる。親を殺すと同時に親が自分に与えて来た規範を内面化するという親殺し特有のプロトコルも併存する。

 そして主人公の少年は混乱する。親を殺し、自分をアイデンティファイするものから解放され、自由の刑に処せられ、なにをしてよいのかわからなくなり迷う。親殺しは同時にアイデンティティの喪失であり、自分探しの始まりを告げられる。孤立し自己と社会をつなげるものが無くなった状態から、社会と一生懸命つながろうとし、社会正義を振りかざそうとする主人公の行動は何かを暗喩している。

SQ高い若者批判

 所々に入る宮台真司脱原発の主張や公共広告機構かと思うような社会批判の描写(しかも洗脳に使われるような声やBGM)は非常に鼻につくのであるが、これ、SQ(社会貢献意欲)高くありたい若者批判の文脈で見てみると非常に面白いのではないかと気づいた。すなわち「メディアは若者を目の敵や希望の光のようにも扱うが、社会は簡単に正義の味方にも悪者にもしてくれない。」というメッセージとして読み取れ、作中主人公も観客もボッコボコに殴られる。
 SQとは、鈴木謙介氏が紹介した社会貢献に対する意欲の指数であり、例えば統計的には、社会に貢献したいと考える人ほど幸福度が高まる。それだけでなく、遠い世界、はるか先の未来のことを考える人より、目の前の他人、自分の手の届く範囲での手助けを望む人の方が、幸福度が高まるとしている点に特色がある。原理に漏れず「幸せになりたければ近くの知らない人を救え」、父親を殺し何をしてよいのかわからなくなった主人公はそんな行動原理に突き動かされて行く。

 主人公は最初から最後まで、殺したい存在が目の前にいる、しかし殴ろうにも一歩踏み出す勇気が出ない、世の中のクズを殺したい、でも殺すほど価値のないクズはなかなか現れない、もしそうした私刑を実行したとしてその先には変化があるのか?まったくない。私刑はただ権力や権威や怨恨を再生産再構成して終わって行くだけなのである。切れ味よく、立ち上がっては殴り立ち上がっては殴りという描写にガッツリとそんなメッセージが仕込んである。はっきりとしっかりと、メッセージとして、織り込んである。
 若者に動け動けと社会は言う、でも若者が動いてもなにも社会は支援してくれない。後は大人に任せろと言う。若者が助けてと大人に言う。けど、大人は手を差し伸べてくれない。若者が座っている。けど大人は立ちなさいという。刹那主義でありたいのに明日はくる。こういったフラストレーションがこれでもかと言う具合に反復しながら映像として現れ、若者は大人を刺す。歌や飾りだけの幸せを刺す。社会の不条理を刺す。
 作中のストーリーや描写は豊潤な矛盾に満ちあふれている。思いやりは裏目に出るし、悪いやつは心配するし、簡単に人は死ぬし、主人公を殴って来た大人は最後に銃を差し出す。社会は無常な気もするし、社会は無情な気もするし、でも最後はがんばれ!という言葉で終わる。
 「俺の輝かしい未来は誰にも変えられない!」と叫ぶ主人公(とその未来)を、なぐってナグって殴って、「おまけ人生」をせめて人の役に立とうと決断し生きる主人公に向かって、最後にがんばれ!という言葉で終わるのである。

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*1:あえてこの表記で

*2:ドゥルーズとかがぶっ込んだらしいけども。