ノマドノマドっていうけど経団連のシナリオ通りだからな

フリーランス/ノマドスタイルが増えて来た

 数年前から、会社を辞める若者とともに会社に属さず会社からプロジェクト単位で仕事をもらって仕事をする個人事業主、俗にいうフリーランスが増えて来た。フリーランスの中でも特にクラウドを利用し、オフィスを固定せず、自宅やカフェやシェアオフィスやコワーキングスペースなどを行き来しながら仕事する人たちは、ノマドと呼ばれる。
 元々”遊牧民の定住しない生き方”という意味から派生した、一カ所にとどまらない働き方「ノマドワーキング」という言葉が既に流行している。ノマドワーキングはどうやらIT業界/業種との相性が良いらしく、MG(id:iammg)が大手研究所をやめブログ芸人を始めその言葉を取り上げた*1ことに始まり、佐々木宏尚氏が持ち上げ*2webで言葉が広まるとともに各メディアから注目され、現在ノマドワーカー向けのスペースやカフェなどが急増している。

 2年ほど前からwebでの付き合いをきっかけにその界隈を行き来するようになったのであるが、僕の好きな友人たちもその友人づてで知り合った人たちも、時間が経つに連れて独立してフリーランスノマドを選択する人が少なくない。
 彼らの苦労も見て来たし、ブログでも居酒屋でも、フリーでやってくには会社員以上に相応の専門的スキルと自己管理能力が問われ云々ってのは目や耳が晴れるほどに聞かされるし、ノマド論も出尽くした感がある。
 一方でまだまだエンジニアやwebデザイナなどの需要はあるため、警告とは反対に皆仕事がありすぎてうれしい悲鳴を上げている様子だ。まだまだIT職は専門職として一定の地位を保ち続けている。
 彼らノマドワーカーの生き方は判断としては非常に合理的に見える。この記事マズローの下りの前あたりまでが非常にわかりやすいのだが、複数の収入源を持つことで会社に属するというリスクを分散している、というのは非常に大きい。
 会社に勤めていて会社の看板使えて失敗しても会社がフォローしてくれて毎月の給料は保証されて、というシステムの持続性が疑問視され、ブラック企業的な労働環境が注目を集め、ワークとライフのバランスを天秤にかけても割にあわないし何より自由を損なってまで働きたいか、という選択を社会が迫ってくる。そんないろんな力学が働いた上でのフリーランスであるのは確かに理解が出来る。
 一方で、言葉はオブラートに包めど、会社から勝ち逃げするためのノマド、といった持ち上げ方をされることも少なくないし、実際に選択してうまく行っている人たちはほとんどが強者であろう。また愛と幻想のノマド論 食いっぱぐれない生き方のぶっちゃけ話 – アゴラに見るように、10年前も新しい働き方、というのが提唱されて消えて行った。いつの時代も新しい働き方の賞賛や提唱はあるのである。

新時代の日本的経営

 会社に属するのが危ないとか、複数の収入源を持つとか、もっと自由な生き方を、といったコピーライトで今まで日本に起きたことを思い返すと、フリーターがもてはやされていた時期の話を連想する。要約すると「世の中に溢れる価値はお金だけじゃ得られない、所得はそこそこに、趣味やロマンを求める時間を大切にできる働き方を。」である。以前こんな文章を書いた。

 86年、リクルートのCMで使われた「ヤリ貝」なるものが流行し仕事の価値=お金"だけ"という価値観が徐々にやりがいにシフトしていく。95年、経団連が発表した「日本的経営」の指針によりいわゆる派遣を中心として会社を回そうという方向転換が始まる。結果仕事は楽しいけどお金が…という若者現状はもう言わなくても語りつくされているだろう。

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 この「日本的経営」、正確には「新時代の『日本的経営』―挑戦すべき方向とその具体策」というらしく、詳しくは検索してみてほしいのだが、その一番大きな方針として示されたのが、労働者を「長期蓄積能力活用型グループ」 「高度専門能力活用型グループ」 「雇用柔軟型グループ」の3つのグループに分けて、雇用を選択的に、キャリア選択の幅を広げるようにしよう、というものであった。*3

 企業としては雇用保険や退職金や年金などを払わなくて済むため人件費の総額が下がる、労働者は自分のライフスタイルやキャリアコースに合わせて労働と自由の割合を選択できるし万々歳じゃん、と「雇用柔軟型グループ」であるフリーターやパートタイマーの雇用を増やす方向に舵を切ったはよいが、長期による不況でフリーターが徐々に増加し、現在では労働人口の2割前後が非正規雇用*4であり、実際は正規雇用と変わらない仕事をさせられながらも、賃金格差が存在するのが現状である。
 それでも企業としては安価な労働力を確保できればいいわけでうんぬんと悪者にされがちな企業だが、当時はこんなことになるとは大半の人が考えていなかった様子である。日本独特の労働契約が甘いという慣行もあり、不当に労働を扱えてしまう仕組みが出来上がってしまった。

 それをふまえた上で、昨今のノマドブームとともに、どこか落とし穴がないかと考えていたら今度は「高度専門能力活用型グループ」である専門職フリーランスの番なんじゃね?と気づいたのである。なお、高度専門能力活用型グループは企画、営業、研究開発等とされており、製造業を想定していたと考えられる当時の職種だけではなく、フリーのエンジニアやデザイナやコンサルタントやプランナー、プロデューサなども含まれると考えられる。

問題の所在

想定される価格破壊

 ミクロな問題から語ろう。このままノマドワーカーが増え、フリーランスが飽和すれば今度は同業者間での差異化が始まる。簡単に言うとあなたのところに仕事を任せるとどんなメリットがあるの?という問いから競争が始まるということである。
そうすればうちのデザインはこの技術がとか言われても、専門家に頼むレベルの素人が判断するのだ、ある程度のレベルでちゃんと機能してくれればあとは仕事が早くて仕様変更のわがままに対応してくれて納期を守ってくれて安い方がいいに決まっている。
 フリーランスは未だに一人月(一ヶ月この人を雇うとこれくらいの値段、という基準)かパッケージで賃金計算がなされている現状である。不利な条件を提示されても、会社の仕組みのように守ってくれる人たちがいないためがんがん価格破壊が進む可能性がある。
 Selfkleptomaniac — フリーランスになって経験したトラブルに見るように、すでにいくつかトラブルは報告されていることから、この手の現状これからもっと増えるんじゃないか?という発想に至った。
 専門的な技術は、必要なところにちゃんと供給できれば値段以上の価値を提供できる反面、そんなに必要ないところではどんどん買いたたかれる。これは情報の価値も同じであるし、モノの価値も同じである。
 フリーランス人口が増えると、右肩上がりの業界以外では、名前で新規の仕事をもらえる人は減るだろうし既存の人脈から仕事をもらうことが多くなる。

新たな格差問題

 マクロな問題を考えてみよう。そうした形で価格破壊が進めば、フリーランス業界に第2の貧困問題が発現するかもしれないし、もちろん専門職である分プロモーションがうまい食いっぱぐれないジャンルの人たちもいて、新たな格差問題に発展するかもしれない。
 しかもフリーター問題とは違い、フリーランス(特に一度所属していた組織から独立した人たちを想定している)は自分で選んだ働き方であるため、身を守る術も得ないうちに取引先の失敗や賃金契約など、自分の管理の行き届かないところさえもフリーランス側の責任にされる可能性がある。まだ日本に、そういった失敗をカバーする仕組みは浸透していない。トラブルを回避するためには一定の書類整備や雑務が必要となるし、そうすると仕事にあてる時間の一部を不要なリスク回避の雑務に回さねばならず、仕事の効率が落ちてしまう。コンプライアンスでガチガチに固められた起業とは違い、自分のペースでできると楽観視されていた雑務に対しても、会社に属していた方が楽に仕事ができたのではないか、という事態も散見されるようになるだろう。この手の雑務による経済の停滞は見ていて痛々しいし、企業に属した際のその手の効率の悪さもあって独立を選択したはずなのに、結果同じ仕事を保障なしで任されるという事態に陥るかもしれない。

再び財閥化するゾンビ企業

 ノマドの増加は企業側からすれば高度な技術が必要な仕事をそこそこの賃金で請け負ってもらえる環境が出来上がる可能性がある。簡単に言うとバイト同様潰しがきくのだ。正規雇用する訳ではないので失敗すれば相手の責任を追及すれば良い。個人事業主が一人社会から消えるだけなので会社を潰して路頭に迷う人が出てしまうといった背徳感や保護するような法律はない。これで縁故採用さえ復活すれば完璧だ。人件費を抑え、自分の一族や親しい人たちを会社に取り込み家族型の経営を行えば、お金や人を転がすだけで長い間一族の繁栄が保証される可能性が高くなる。かくして現代版アリストクラシー(貴族階級)が復活する。

 いやいや、まてよ。その理屈だと高度な技術を持っている人が減少していきイノベーションが停滞するんじゃないか?それが起きなければ正規雇用の企業共々共倒れじゃないか?

 いやいや、ちゃんと布石は打ってある。昨今ビジネスサイトや雑誌を見ればどこも起業を勧める情報で溢れているし、企業も率先して企業内起業や(投資主となるために)起業セミナーを行っている。
特にこちらの記事が面白かったので目を通してほしい。
起業をめぐるバイアス, 2012年 3月
 なぜ大手企業が自腹切ってこれだけ起業家セミナーやビジネスコンテストを主催しているのか。一つは起業家ワナビーを集めたマーケットが出来ること。そして数打ちゃ当たれでベンチャー志向の人たちを集めて囲い込んでおけば新技術を持ったベンチャーは一定の確率論で現れる。そこに重点的に投資して恩を売りつけるなり、グループとして買収すれば半永久的に技術がなくても大企業はゾンビとして生き残る可能性が高くなる。
 取引先の国同士の戦争を煽れば、武器商人はどちらが勝とうと儲かる。同様に起業を煽り生き残った方が取引先になるだけだ。現にIT業界はサーバ屋さんがITスタートアップを囲い込み、起業を促進しているという話も聞く。失敗すれば起業家が業界から去るだけだし、成功すれば恩が売れる。ビジネスコンテストも同じ構造で、学生団体とコラボレーションすることで、増加傾向にある。

 ただ付け加えておくが、起業家を応援や支援する仕組みが増えることは悪いことではない。まだまだベンチャーの数は最適化されていないと感じているし、マイクロファンディングや国際起業の流れは徐々に日本にも来ている。よく情報をあつめ咀嚼した上で利害が一致するのであればそれはよい。

 ここまでの話は、あくまでシナリオとして可能性があるという話である。陰謀論と同じで社会のダイナミズムが起こす現象に対しては、誰か特定の人や団体が仕組んだかなんてわかりようがないし、ただそういった構造が出来上がることに対しては警鐘を鳴らしていかないと行けない。ズルできる仕組みがあって、監視の仕組みがなく誰も責めないのであれば、みなズルをしようとするものである。

労働組合を作ろう

パートタイマーの賃金向上

 別にフリーランスに限った話ではなく、日本の労働環境は世界的に見てもひどいという話は枚挙に暇がない。韓国や中国が追いついて来ているとはいえ何も自慢できたことではない。上記で説明し方針や雇用慣行が原因の一翼を担っているのは明らかだ。いくつか解決策は考えられるし提唱されている。日本は独特の新卒一括採用、年功賃金、終身雇用という世界から見れば夢とも思える雇用慣行を実現したが、経済的な停滞からこれが限界に来ていることが昨今の混乱の原因であるとの見方は強い。

 ブラックな労働スタイルを無くすためにアメリカのような業務を明記した契約を導入すれば、雇用者と非雇用者はある程度フラットになるかもしれない。ただ日本でこれを入れてしまうと、雇用契約の手間は増えるし、労働効率が下がる分アルバイトやフリーターの賃金を思い切り下がるか、物価や単価があがるか、機械や海外から安い賃金で働いてくれる人をたくさん囲い込む、という意味でのグローバル化が進み、日本人の雇用は減るかもしれない。

 フィンランドを初めとする北欧のように持続可能性とコミュニティをベースにした仕組みを作るというのはあるかもしれない。あちらの賃金は非正規雇用の人でも正規雇用のだいたい8〜9割をもらえるということで、例えば産休後の女性も仕事に復帰しやすいなどメリットがある一方、あちらは福祉が大きいため税金が給料の半分位取られる現状があるという。
社会保障社会福祉可処分所得トレードオフである。日本は社会保障を企業に任せて来たため、そのツケがいま大きく可視化されている。これから国がそれ相応に納得できる質の福祉や保証を用意すれば、賃金は少なくても良いし、税金は払うだろうし、そんな中儲けることができる人はいくら儲けてもらってもかまわない。ちゃんとフリーランスの下位であるパートタイマーでも暮らせる社会をそろそろ用意しなければ、ノマドはパートタイマーと同水準に落ち込んで終わってしまうことが予想される。

たまり場の可能性

 新しい働き方も、新しい暮らし方も、新しい公共も、皆トンネルのアナロジーで表せると考える。政府は昔山道を開拓した。その山道は整備はされているが遠回りだし登るのに力を使うし渋滞しているし看板は老朽化している。そんな中、新しい道を開拓する若い人々がでてきた。人々はその場所は掘らない方がいい、そのトンネルはいつ崩れるかわからない、トンネル掘るのはいいけど他と競合したらどうするの、と一見妥当な警告を行う。

 そこじゃない。ノマドを提唱している人たちが欲しいのはそこじゃない。

 彼らが欲しいのは、何がトラブルが起きたときに守ってくれる存在である。トラブルが起きやすいからやめとけ、でも、トラブルなんて気にせずがんばれでもなく、トラブルがあれば相談してください、仕事が無くなれば相談してください、と言ってくれる大人や先輩たちである。

 そんな中、可能性としてポテンシャルを秘めているのがコワーキングスペースだ。フィールドワークとしていろんなコワーキングスペースを覗いてみたが、フリーランスの人と企業をマッチングしたりネットワーキングしたり、定期的に発想を引き出すイベントや場づくりをしていたり、場所を貸すだけでなく"たまり場"としていろんな形でフリーランスの人たちを集め、サポートしようとしていた。

 今後しばらくはいわゆるソーシャルバブルと相関してフリーランス需要は増えるであろうし、コワーキングスペースを中心としたフリーランスコミュニティも、地域の数だけ必要になってくるだろう。そういったたまり場を仕切る人たちが、従来企業がおこなっていた後ろ盾として機能することは大切であるし、労働組合のようにフリーランスの労働環境を従来の雇用と違う形で監視/サポートする必要性もでてくるだろう。企業対企業で行われていたトラブル処理がフリーランスの数だけ増える訳で、弁護士も必要になるだろうしそういったトラブルに見舞われたとき駆け込める場所や組織ももっと必要になるだろう。
 ノマドワーカー推進派のさゆりたまき氏([twitter:@sayuritamaki])やイケダハヤト氏([twitter:@IHayato])には将来的にそうした機能や役割を代替してほしいと個人的には期待している。
 最終的にはきっと、国がそういったプラットホーム機能をもって包摂するか、役所が業務の負担を軽減する組織として機能するのが理想であるし、働き方も暮らし方も福祉も保障も含めてどんどんブレイクスルーを行うべきなのだけれど、それが実現するまでにまだまだ時間とコストがかかる。やれる人がやれる役割を淡々と行いながら、変化を中から俯瞰して変化の速度調整を行うしかないのかもしれない。

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